門ノ前橋梁と茨木川橋梁とノスタルジー。川端康成も眺めた(?)あの日に続く場所。

cigagraphy トンネル 橋梁 高架下 JR JR西日本 東海道本線 京都線 茨木 摂津富田 門ノ前橋梁 ノスタルジー

大分むぎ焼酎 二階堂 のCMが好きな僕。

故郷へ帰り、故郷を巡り、街も自然も思い出も、視界に飛び込んでくるすべてに郷愁を誘われ、

大人になることで手に入れたものや出会った人、大人になるとともに捨て去ったものや失った人を両手に乗せ、自らを天秤とした主人公が、

訪れた場所でまたひとつ記憶を拾い、積み上がっていく左手の上のものに心地よい重さを感じて、酔い痴れて、傾いていく。

過去を切り捨てる決断は心許なかった。精一杯前を向いていたが、背中を押してくれる追い風はしかし、切り捨てた残骸を連れ去り、自分を抜き去り、軌道のかなたへと消えていった。

あの頃の勇気は後悔へと変わり、歩んだ道のりをついに振り返ると、右へ左へとくねる軌跡。入り組んだあの日たちに眩暈を覚え、バランスを崩した身を預かってくれた歯車。

自分の身の重さにそれがゆっくりと逆方向へとまわりだし、時計の針が一秒一秒の過ぎ去った時を刻みはじめる。そんな過去と後悔を肴に自らの中に流し込み、受け容れていく贅沢な美酒──。

みたいな物語が15秒ないし30秒の映像に込められているのではと、テレビをぼんやり眺めつつ、そう解釈している僕。

cigagraphy トンネル 橋梁 高架下 JR JR西日本 東海道本線 京都線 茨木 摂津富田 元茨木川緑地 アーチ 茨木川橋梁

まだ20代だし、物心ついた頃の日本はバブル全盛だったそうだし、ネイチャーを五感で触れられるほどの田舎には暮らしていない北摂住民の僕。

過去に浸れるほどの過去、考えては目が回る未だに答えの出ないあの日決断、そんなものはこれから作っていく年齢の僕だが、

あのCMを眺めていると、自分が持っていないはずの経験と思い出とふるさとが甦ってくる錯覚におちいる。

アルコールを摂取できない体質の常時素面な僕が、短く美しい映像作品に酔い、心地よく混乱し、嗅いだはずもない土の香りと暖を取ったはずもない人の温もり、まぶたの裏側に映るほろ苦い記憶への戸惑いを妄想してしまう。

「ああ、いいなあ。こういうノスタルジックな場所が近所にあればいいなあ。時間の先に進んでいくことで置いていったもの、忘れかけていたことを思い出させてくれる場所、近所にあればいいなあ。

馴染みがなくてもいいんだよ。全然縁もゆかりもないところでもいいんだよ。僕の人生に1ミリも関係してなくても、とりあえず昔を思い出させてくれるっぽいところ、欲しいんだよお」

と、自分の中にあるない云々関係なく過去との邂逅に飢えすぎて悶々していた僕。そんな僕がついに見つけた“過去欲”を昇華させてくれる場所……。

JR東海道本線(京都線)茨木─摂津富田の間に、この場所はある。もっとも阪急茨木市駅からそこを目指したほうが近いと思われる。

駅前というわけではまったくなく、周囲にバス停もないので、車なりタクシーなり、レンタサイクル ※ 茨木市レンタサイクル│アクセス│茨木市観光協会 探検!発見!いばらき観光 のページへ なりで訪れることをおすすめする。

茨木市駅西口から府道15号線を北へ、国道171号線を目指している途中、田中町の交差点があるからそこを左に曲がると“伏見屋本店”という豆腐屋がある。

伏見屋を左手に見ながら、また交差点を左に曲がり細い道へ入ると、その場所があるのだ。左尽くしの果てにこの場所があるのだ。

通過する電車の速度と重量をゴトンゴトンと鉄の響きとともに、見上げる僕の耳に伝えてくれる、門ノ前橋梁のトンネル。

異次元への入口のような『ねじりまんぽ』その2 門ノ前橋梁 [煉瓦研究ネットワーク東京]─東京の坂と橋をJeep M38で巡る江戸情緒発見の旅

門ノ前橋梁 by.くるまみち

東海道本線 門ノ前橋梁 ねじりまんぽ─歩鉄の達人

cigagraphy トンネル 橋梁 高架下 JR JR西日本 東海道本線 京都線 茨木 摂津富田 門ノ前橋梁 ノスタルジー 標識

今を生きる僕は今を生きて今を過ごすためにJR京都線を利用することがある。東海道本線の一部である京都線はそのまま神戸線に繋がっていくので、京都から梅田、梅田から三宮の三都を一直線で巡ることができる。線路を利用する北摂住民はもちろん多い。

北摂住民が今を生きて今を過ごすために身を任せる京都線の電車が今を駆け巡る。その車体がこの場所を通過するたび、この場所は車体の今を、車体に乗る乗客の今を、鉄と煉瓦で十数秒ほど支える。

cigagraphy トンネル 橋梁 高架下 JR JR西日本 東海道本線 京都線 茨木 摂津富田 門ノ前橋梁 ノスタルジー 街灯

支える鉄と煉瓦のトンネルは古ぼけていて、手入れなどされていないのではと首を傾げたくなる。北摂を歩いていて見かける高架は鈍色のコンクリートの塊であることが多い分、傾げた首の角度は90度を超えていた。でもその首の傾斜に嫌悪感など僕は一切含んでいない。

古ぼけているくらいでいい。むしろ古ぼけているほうがいい。鉄柱の赤茶げた色が錆に見えたっていい。道路標識が蔦に隠れて認識できなくたっていい。ほのかに黄色いぼんやりとした街灯の光は不気味くらいが丁度いい。

情報技術が発達し、0と1の集合体の恩恵に授かっている僕達現代人が今を過ごすために身を任せる電車、その電車を支えている古ぼけた過去。

大切なのは今である。けれど今は過去の連綿である。過去の果てに今があり、今は過去に支えられている。物理的に過去に支えられているのがこの場所である。この場所に息づく過去をきっかけにした僕達が、僕達なりの過去を甦らせる。

すなわちこの場所が、僕達に過去を振り返り酔い痴れることを許してくれる。過去にすがってもいい。居心地の悪い今に美しい幻影を、過去から見出すことだって許してくれる。

過去はいつでも僕達に優しい。この場所はいつだって過去とともに、僕達を待っていてくれる。

cigagraphy トンネル 橋梁 高架下 JR JR西日本 東海道本線 京都線 茨木 摂津富田 元茨木川緑地 アーチ 茨木川橋梁

このトンネルの左側には元茨木川緑地の公園があって、そこを隔てた向こう側に川端通りという、こちらも国道171号線に合流する大通りがある。門ノ前橋梁があって元茨木川緑地があって、この川端通りがあるという塩梅で、あの煉瓦は茨木川橋梁のそれとなる。

茨木川橋梁─橋の散歩径

妖精たちが互いに微笑みを向け合いながら羽根を休める森のような緑の地表に、この場所は立っているということが分かる。地表に体を預けるようにしてしゃがむと、僕を見上げる雑草が過去への案内人を買ってでて、ひらひら舞うように僕の手を導いてくれるのではないかとさえ思えてならない。

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ちなみに、川端通りの“川端”は、三島郡豊川村大字宿久庄─現在の茨木市に位置する──で幼少の頃を過ごした、川端康成に由来する。この橋梁にまたがられている大通り沿いに、川端康成文学館があるということで、川端通りなのだ。

川端通り─茨木小学生の社会科

川端康成「大阪・茨木」を歩く─東京紅團

JR東海道本線の大阪─京都間が開業したのは明治10年。川端が茨木市に越してきたのは明治30年代である。

この川端通りと、川端が幼き日々を過ごした家とは距離があるものの、どちらも同じ茨木市に位置するから、きっとこの場所を、作家を志すようになった中学生の康成少年も訪れたことだろう、きっと。

康成少年が暮らしていた当時のこの場所は茨木川の下流でもあった。堆積によって川底が周囲の平地面の高さを超えてしまう天井川であった茨木川は深刻な氾濫を起こしていたため、昭和24年に下流は廃川となり、この場所を含めた下流域は現在、元茨木川緑地となっている。

茨木川─Wikipedia

暴走することもあった茨木川の平穏な顔を見せるときのせせらぎを、川端は知っている、はずである、多分。

まだ物心がつくかどうかの年頃に両親を亡くした川端は祖父母の家で育てられることになり、その家が現在の茨木市に位置するわけだが、彼の小学校の頃に祖母と妹も亡くなり、川端はその茨木の家で祖父と二人暮らしの日々を送る。

ようやく多感に目覚る十四歳、ひとつ屋根の下でずっと一緒にいた祖父の天に昇る姿をも見送ることとなる。このときの川端の経験に基づいたとされる『骨拾ひ』という掌編小説がある。

cigagraphy 新潮文庫 川端康成 掌の小説

魂が抜け地上に残った祖父が骨と化したとき、物語の主人公である少年の胸に熱いものが溢れることは全くなく、遺灰を目の前に「なんとつまらないことだ。」とさえ言い捨てている。

掌の小説 (新潮文庫)』に記されている“骨拾ひ”の少年の醒めきった心情は康成少年のそれをそのまま投影させたものなのか否か。

その答えは、まだ病床に伏していた頃の祖父を介護していた十四歳の康成少年が、目の前で衰弱していく肉親を観察してしたためた随筆、

伊豆の踊子・温泉宿 他4篇 (岩波文庫)』等に収録されている“十六歳の日記”にあるのかもしれない。ちなみに“十六歳”は数えの年齢である。

茨木市を潤していく水の路、そしてその路の上で脚を広げている赤い煉瓦の橋梁、線路と枕木を伝って木霊する列車の足音を孤独という闇に吸い込み葬っていた川端康成の生い立ちも、この場所には詰まっていると、思われる。そう思いたいものだ。

cigagraphy トンネル 橋梁 高架下 JR JR西日本 東海道本線 京都線 茨木 摂津富田 元茨木川緑地 アーチ 茨木川橋梁

謎が解けたかもしれません! ─続・茨木市川端通り沿いにある埋もれたアーチ型の正体は?─いばジャル

【次回予告】

【トンネルを抜けるとあの日への始まりであった。川端康成も愛した(ということにしておく)門ノ前と茨木川の二つの橋梁。自分には関係のない過去へと導いてくれる列車の始発駅のホームにすべり込んだ、ふたつの遭遇。

大通りに面していないほうの伏見屋本店の売り場では、トンネルの果てを見つめながら安くお豆腐と優しさを用意してくれていた。伏見屋本店で買った“生とうふ”と“とろ湯葉”に舌鼓を打った僕の過去は、後悔と睦んだそれを洗い流していった。

cigagraphy 茨木 豆腐屋 伏見屋

ちいさなちいさな稲荷大明神はこの場所の過去、僕たちの過去を守り続けてくださっている。艶やかな朱色に心を焦がされるとき、拝むたなごころの隙間から垣間見えたのは、あの日僕の手を引いてくれた大切な人の後ろ姿だった。

cigagraphy 茨木 鳥居 神殿 稲荷大明神

元茨木川緑地の高台を激しく撫でるように過ぎ去っていくJR京都線の電車は、過去を連れ去ることなく、今という風とともに僕のあの日を祝福してくれた。】

 

次回記事

茨木市田中町のお地蔵さんと豆腐。ノスタルジーは通りの奥にあります。

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